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戦場カメラマン渡部陽一さん、阪神・淡路大震災追悼行事の講師に

独特のゆっくりとした語り口で「いのちの大切さ、生きることの大切さ」をテーマに講演した

独特のゆっくりとした語り口で「いのちの大切さ、生きることの大切さ」をテーマに講演した

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 本願寺神戸別院(神戸市中央区下山手通8)で1月17日に行われた阪神・淡路大震災17回忌物故者総追悼行事「1.17『いのち』を考える研修会」に、戦場カメラマン・渡部陽一さんが講師として登壇した。

戦場での数々のエピソードを、ジェスチャーを交えて分かりやすく説明する渡部さん

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 渡部さんは1972(昭和47)年生まれの静岡県出身。1993年ごろから戦場カメラマンとして活動を始め、ルワンダ紛争やコソボ紛争、イラク戦争など約130カ国で取材を続け、戦場の声を伝えている。

 2003年から阪神・淡路大震災の追悼法要に合わせて「いのちの大切さ、生きることの大切さ」をテーマに開催されている同研修会。講題を「戦場取材をとおして~家族の絆、命の尊さ、生きることの素晴らしさ~」とし、「戦場カメラマンになった経緯」「戦下に生きる家族・子どもたちの声」「質疑応答」の3部構成で90分間行われた。当日は、立ち見を含め例年の約4倍となる600人の参加者が集まった。

 戦場カメラマンになったきっかけについて、「大学1年生の講義の中で、アフリカにいまだ狩猟生活をおくるピグミー族という部族がいることを知って『会いたい』という気持ちになり旅に出た。ヒッチハイクをしながらピグミー族が住む森を目指して進む中、何の前触れも無く少年ゲリラに襲撃され、周辺の村人が虐殺されていく光景を目撃した。その後、帰国し家族や友人にその悲惨な出来事を言葉で伝えようとしても全く理解してもらえない。それならば写真を使って伝えることはできないかと思い、戦場カメラマンになることを決めた」と、独特のゆっくりとした語り口で話した。

 質疑応答では、「戦場カメラマンとしての心掛けは?」との問いに、「必ず生きて帰り、戦場の悲惨な状況を皆さんに伝えることです」と答え、満席の会場からは拍手が起こった。

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