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神戸・東遊園地で阪神淡路大震災追悼イベント-遺族・市長ら黙とう捧げる

「絆」と書かれた竹灯篭(どうろう)

「絆」と書かれた竹灯篭(どうろう)

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 東遊園地(神戸市中央区加納町6)で1月17日、神戸市民と神戸市の連携により「阪神淡路大震災1.17のつどい」が開催された。

竹灯籠に火をともす参加者ら

 17日で阪神・淡路大震災から16年を迎えるにあたり、犠牲者への慰霊と鎮魂、震災から生まれた「きずな・支えあうこころ」を次世代に語り継いでいくために開催された同集会。東遊園地グランドで竹灯籠(どうろう)を「1995 1.17」の形に並べ、当日5時ごろから参加者によって中のろうそくに点灯。各地から集まった竹灯籠には「ボランティアありがとう」「祈り」「平和」などさまざまなメッセージが書き込まれた。

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 震災が起こった5時46分には参加者全員による黙とうが捧げられ、「慰霊と復興のモニュメント」周辺の献花所で遺族や市長らが追悼のあいさつと献花を行った。震災で弟を亡くしたという森祐理さんが「しあわせ運べるように」を歌った場面ではギャラリーからも合わせて口ずさむ歌声も聞かれ、献花に訪れていた神戸市在住の村井幸生さんは「震災で亡くなった妹のことを思い出すので、この歌を聞くと胸が痛い。いつかは笑って歌えるようになるだろうか」と話していた。

 震災で母を亡くしたという遺族代表の小河昌江さんは「住んでいたアパートが倒壊し、母はなかなか見つからなかった。やっと見つかった母に『お母さん』と呼びかけても母は応えなかったが、手はまだ温かい気がして母に迫る死の気配をどこかへ押しやろうとしていた」と声を詰まらせながら当時を振り返った。「余震の合間に母を探し続けてくれた方への感謝の気持ちが薄れることはなく、日に日に大きくなっている」とも。

 献花に訪れた神戸市の矢田立郎市長は「多くの尊い命や住み慣れた街並み、私たちの大切なものを奪い去った震災から今日で16年。市民の約4割は震災を知らない。人と人との絆や支え合う心を学んだ震災を風化させないために、生きている者の責任として命を守る耐震化を進めていきたい」と話す。

 1998年1月17日に追悼やこれからの復興に祈りを込めて竹灯籠が始まり、2000年には東遊園地の一角に「慰霊と復興のモニュメント」が完成。2005年には世代や場所を超え多くの人々に「やさしさ・支え合う心」を伝えるため各地の災害で被災した人々への募金活動やメッセージ集めも会場で行われた。